有人機体としてのVRという観点からその成立様態を捉えると、人間と機械、そしてOTとのハイブリッドな構造体と見なすことができる。これらの要素は、「戦闘」というシチュエーションのもと、MSBSによってなかば強引に結合されている。結果、VRは極めて人間的なレスポンスを示しながら、同時に機械であり、それでいて解析不能の謎めいた存在になった。三者の均衡は安定性を欠き、不慮の事態が重なると、それがどんなに些細なものであっても制御不能になる。特に、シャドウの憑依したVRの暴走は、最も危険なもののうちの1つだった。
バーチャロン・ポジティブの高いパイロットがVRに搭乗し、MSBSを介してVコンバータと接続する際、異常なまでにコンバータの活性値が上昇する場合がある。この時まれに、シャドウと呼ばれる負の精神体が観測された。シャドウの発現したVRは、コンバータ内にパイロットを取りこみ、これを融合し、暴走(憑依)状態に移行する。それは、想定されたパフォーマンスを逸脱し、凄まじい戦闘能力を発揮するが、機体が自律的に動作するため、外部からの制御を受けつけない。過去、目撃されたシャドウ憑依VRは、常に大きな惨禍をもたらした。
バーチャロン現象は、人間の脳神経の活動にフォーカスし、意識、無意識の別なくえぐり取る。そして、想定しえない混沌へと変換して対象者にフィードバックする。バーチャロン・ポジティブの低い者にとって、この現象による負担は極めて重く、発狂に至る場合も多い。MSBSが制御しているとはいえ、Vコンバータが、接続者に対して精神干渉作用を及ぼすことにかわりはない。断言はできないものの、シャドウとは、Vコンバータと人間との間の仲介をなすMSBSの構造的欠陥、ないしは機能的限界が遠因となっている可能性がある。
原因が特定できなかったため、シャドウは、その深刻さにも関わらず効果的な対処法が定まらなかった。また、Vプロジェクトを推進するDN社が、VRに内在する危険性を隠蔽したことも、事態を複雑にした。シャドウに関する情報は共有されることなく、実際にVRを運用する現場では、場当たり的な対応が横行する。決して効果的とはいえないものが多い中、第8プラント(後のフレッシュ・リフォー)が自主的に創設した軍事組織、第8艦隊「白檀」は、シャドウ撃滅に特化した強力な装備を整え、相応の成果をあげた。
一方、0プラントでは、一部スタッフがバーチャロン現象の徹底解明に取り組んでいた。承認を得ることなく活動を続ける彼らは、日陰者の意味をこめて、自らを「ザ・シャドウ」、あるいは単に「シャドウ」と呼んだ。その当初の目的は、バーチャロン・ポジティブが高く、Vクリスタルとの交感精度において優秀な人材を集中管理することだった。チーム結成時の主任研究員はプラジナー博士で、後に大きな波紋を投じる様々な研究を、彼はこの時代に手がけている。
「ザ・シャドウ」では、常に目的達成が優先され、時には手段が目的化するような逸脱もあり、多くの非人道的実験が行なわれた。その過程において、シャドウに食いつぶされた犠牲者の、狂気が蒸着するVコンバータ、ないしはそれを装備するVRが多数生まれている。本来、このようなものは早急に処分されてしかるべきだが、彼らはそれをせず、結果、シャドウは外部に拡散する。また少なくとも7機の憑依機体を隠匿し、これらを対象に、制御技術の開発を試みていた。そしてその一部は、実用の域に達していたらしい。
プラジナー博士が姿を消した後、「ザ・シャドウ」は潜伏、地下活動に専念するようになった。後年、限定戦争の現場で時折り目撃される黒塗りのVR、俗に「影」と呼ばれる機体が彼らの手になることは確実で、中でも、VCa2年のサンド・サイズ戦役に出現した「四之影」なるテムジン系機体は、凄まじい戦闘力を発揮して注目を浴びた。
四之影 「ザ・シャドウ」は、極めて危険な存在であるシャドウ憑依機体を制御しえた可能性がある。「四之影」は、その実例として挙げられることが多い。